2025-07-01から1ヶ月間の記事一覧
会議で出校。二つめの会議は13時から16時半まで。会議とはなにか?
岡崎市内旧街道沿いの本屋で新書を2冊、その近くの高級文具店でシャー芯と万年筆洗浄液を購入。これらの店には頑張ってもらいたい。
伝記を読むと、アランでも自分の中にある反ユダヤ主義と格闘していたらしい。レイシズムの問題は簡単ではない。
ナチスのユダヤ人問題「最終解決」を決めたヴァンゼー会議の再現映画を鑑賞。これを若干薄めたような言説が巷にあふれてきているようなのが、恐い。
昨日の夜は、母の誕生日であったにもかかわらず、冷蔵庫の在庫処理メニューだったので、今日はその埋め合わせで、御用達テイクアウトうなぎ屋の蒲焼き。生きてるうなぎをさばいて、串を刺して、そのまま炭火で焼く。これでなくてはうなぎはダメ。
母の84歳の誕生日に、義妹と甥と姪が花をくれたので、玄関がお花屋さん状態。
授業的業務終了。テストの採点作業においては、次の一歩のことだけ考えて、作業全体のことは考えないという、『モモ』のペッポじいさんのアドバイスを活かしたい。
名古屋駅で列車を待っている列で、わたしの前の若い女性がE.H.カーの『危機の三十年』(岩波文庫)を読んでいた。驚いた。
通勤電車でお相撲さんと一緒になる。まさにコクトーの言う「桃色の若い巨人」、異界からの訪問者のよう。しかし、浴衣の帯にはスマホが差し込まれていて、そこはやはり現代っ子。
研究室の書架で『聴くことの力』発見。倫理学の本なのに、心理学書の並びにあったため、発見が遅れた模様。分類は大事。
esse est percipiを「存在は知覚される」と訳されると、訳者の哲学史的素養を疑いたくなる。「狂気が、罪過のなかで引き離される」も、「狂気が罪過へと遠ざけられる(疎外される)」だろう。こんなのだらけで、ちょっと付き合いきれない。誰か訳し直してくだ…
洋書の値段が高くなった気がする。円安の影響か、あるいはそもそも諸外国の物価はいまやこういう水準になっているということか。
昨日の講義はもともとは鷲田先生の『聞くことの力』を使って、モモにおける「聞くこと」を考察する予定だったのだが、どう探しても鷲田先生の本が見つからず、急遽内容を変更したもの。で、今日あらためて家の書庫を探してみたが、やはり見つからない。こん…
「欧州思想」講義、『モモ』の時間論で終了。
電車で耳にした若者の会話。「小学生って話せる?」「話せるよ。何言ってっるかわからんけど」「俺も小5小6とは話すな。何言ってるわからんけど」。大学生らしいが、小学生がまだ言葉を習得していないと思っているのだろうか。
近代日本の翻訳事業の金字塔、トマス・アクィナス『神学大全』全45巻。退職時に大学に寄贈すべく、自宅から研究室への移動を開始する。(少し気が早いが)
「現代文化概論」は『ゴーストインザシェル』で、「哲学」は『善の研究』で講義終了。
熱中症にならないように、駐車場の草取りは除草剤で済ませることに。で、昼前に散布したら夕方には草が枯れていた。効きすぎてむしろ怖い。
昨日は「イスラム文化」の授業に同行して、名古屋モスクへ見学に。ムスリムの方の実際の礼拝を見学し、学生のみなさんも充実感を持った模様。
通勤車中の読書で、ヴェーバーの『職業としての学問』をドイツ語で。einbläuenという単語を小学館独和大辞典電子版で引くと「青みをつける」という意味しか出てこない。これでは意味が通じないので、アクセス独和辞典電子版を引くと、「覚えこませる」という…
ゼミ生の母校でもある享栄高校で出張講義。金山からのバスの窓から「桜田ファミリア」という施設を発見。
哲学を勉強したいと言う学生さんが研究室に来訪。わたしの授業をを受けてる人なので、わたしの授業が面白かったのではないかと思いたい。哲学が学びがいのあるものであることを、若い世代に伝えられたなら、教わった先生方に少しは顔向けできるというもの。
おやつがわりに名古屋駅でお好み焼きを立ち食い。昔名鉄名古屋駅の改札内で売っていたお好み焼きに味が似ている。名古屋風お好み焼きというものが存在するのか?