漫録

哲学教師の日々の雑感です。

送り火

五山の送り火のテレビ中継を鑑賞。やはりいい行事だなと思う。

浄土真宗では、亡くなった人は極楽浄土で仏となっておられるので、お盆に帰ってきたりしないと教えている。仏となっていつも守ってくださっているというのも、よい。ただ、私自身の実感としては、亡くなった人はわたしの存在の一部であることは間違いないにせよ、年がら年中亡くなった人を思っているわけでもない。薄情なようだが、それが日常を生きるということ。だから、年に何度か亡くなった人たちを思う行事があることは、ありがたいことだと思う。父や祖父母や伯父や伯母、先生、同僚、教え子、そして直接面識のない人たち。さみしさは愛の一つの形である。